麗江市の中心である古城区は、雲南省の省都である昆明から約600キロメートル、大理から約200キロメートルの雲南省北西部に位 置する街で、正式には「麗江県城」といい、「大研鎮」とも称されています。
1997年12月4日、麗江はその独特な民族文化、町並み、歴史が認められユネスコ世界文化遺産に中国で初めて登録されました。そのことによって、麗江は世界中の人々に
共有される文化財になったのです。
麗江は雲南省の北西高原にある美しい街で、そこには人々があこがれる“シャングリラ” (チベット語:素晴らしいところ)の世界が広がっています。
金沙江のほとりにあり、玉龍雪山がそびえ、渓谷は険しく、澄んだ水が流れています。麗江は、雲南、四川、チベットの民族文化が溶け合う三角地域にあり、かつては“茶馬古道”がここを走っていました。
何代にも渡って住んでいたナシ族は、漢族、チベット族、白族の優秀な文化を受け入れ、 独自の文化を作り出しました。
世界で唯一現在も使われている東巴象形文字、東巴文化、ナシ族古典音楽、いくつかの宗教が合わせた白沙壁画などが今なお残っています。
宋の終わりから元の時代初期に形成された麗江はすでに800年余りの歴史を持ち、ナシ族文化の代表的なものと言えるでしょう。
麗江は、中国の他都市とは異なり、漢族、チベット族及び他の周辺民族の文化が取り入れられ、そうした文化がうまく溶け合った町です。また、独特の民族文化に富み、世界的にも長い歴史を持ち、それらが今でも保存されています。
麗江は、周囲の美しい自然環境や、周辺の山村とうまく調和しています。
山麓の川のほ とりに位置し、流水は各家を巡り、川のほとりでは柳の枝がそよそよとゆれています。路地にはきれいな小石が敷かれ、人々が行き交う道は晴れの日にほこりが立つことも雨の日に泥にまみれることもありません。
“三坊一照壁、四合五天井”※は典型的な麗江の民家の造りです。
麗江は町並みや家の造り、川の利用にいたるまですべて独特なスタイルを持ち、中国のみならず、建築的にいっても世界で重要な地位
を占めています。
麗江には、今でもナシ族の伝統的な風習がたくさん残っています。
人々は、“蟻のように勤勉に働き、蝶のように楽しく生活”しながら古城の文化を発展させつづけています。麗江古城は、過去のものでもなく、また単なる博物館でもない、歴史を持ちながら今後もますます栄えていく街だといえるでしょう。
※
三坊:戸長の居住する最も立派で軒も高い、正房と正房の両側にある控えめな造りの廂房。
照壁:中庭を挟んで正房の反対側にある厚い壁。
四合五天井:4セットの家屋に5つの中庭
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